2018/05/14 松嶋 啓介 氏現代人に求められている「食」の力とは 第1回 ニースに寿司屋を開いてわかったこと

KEISUKE MATSUSHIMAオーナーシェフ 実業家

松嶋 啓介 氏

20歳で渡仏、各地で修行を重ねた後、25歳でニースにレストランをオープン。現在はニースと東京・原宿に「KEISUKE MATSUSHIMA」を構えるほか、ニースでは数店舗を手がける。2010年、フランス政府よりシェフとして初かつ最年少で「芸術文化勲章」を授与される。

ニースで寿司屋を開いた理由

僕は、料理の基礎のほとんどをフランスで学び、そのままフランスのニースでフランス料理の店を開きました。いまは、原宿にもフレンチの店を経営しています。フランス料理を通じて学んだのは、フランスを出て国外で活躍する料理人は、フランスの大使だということです。フランスのシェフは国外に出ていくことで、自国の農産物の販路を広げ、行った先でコミュニティをつくることに責任を負っています。だから、僕も日本では「フランスを背負っている」という意識でやっています。料理を通じてフランスのことをどう伝えるか、という仕事に仕えているんです。日本の人たちが僕の原宿の店で食事したことによって、ニースに行きたいと思ってくれればハッピーです。

フランス観光庁では、観光は他の産業全てのPRだと考えています。観光とは“光を観せる”ことだから、自国のポテンシャルを見せることだと考えているのです。ですから、観光庁はさまざまなところから予算を取ってきて、率先して海外にアピールしていかなければいけないと考えています。僕は、フランス観光庁の予算を一番使わせてもらっている日本人の一人だと思います。

同じ考えから、ニースでは、僕の出身地である九州のことを広めたいと考えました。そこで、2017年10月、フレンチのお店があるニースに、寿司屋「SUSHI-K」を開きました。店の名前の「K」は、僕の名前である啓介のKと、高校の同級生で店の大将の小渕のK、そして九州のKでもあります。SUSHI-Kでは、九州っぽい寿司を出しています。しょう油がちょっと甘かったり、柑橘類を使っていたり、薬味がしっかり効いていたり。お酒も九州の銘柄にこだわり、器には有田焼を使っています。僕らの目的は、お客様に店での体験を通して、九州に行きたいと思ってもらうこと。「九州のアンバサダー」という気持ちでやっています。お客様から「九州に行ってきて良かったよ」と言ってもらうことが一つのゴールです。海外に進出する日本の飲食店が増えていますが、「日本に来てほしい」という意識でやっているところは少ないのではないでしょうか。

寿司屋を開いてわかった「タタミゼ効果」

寿司屋を始めて気づいたのは、お客様は日本文化を通して“ふにゃふにゃ”になる、ということです。以前、言語学者の鈴木孝夫先生から「タタミゼ(tatamis-er)効果」について学んだことがあります。タタミゼとは、フランス語で「日本贔屓」を意味する言葉です。外国人が日本語や日本文化を学ぶと、日本人のように柔らかく、やさしくなる傾向があり、それをタタミゼ効果と呼ぶそうです。寿司屋を開いてから、お寿司を食べに来るお客様には、そういう人が多いことに気づきました。僕が店にいる時は、料理に合わせて日本の精神や文化を説明したりするんですが、お客様は話を聞き、お寿司を食べながら、どんどん柔らかくなっていくんです。店の大将は僕の高校の同級生で、40歳近くになってから初めてフランスに来たので、フランス語がしゃべれません。それでも、片言でやりとりしながら寿司を出しているところを見ると、やっぱりお客さんはふにゃふにゃしているんですね。その様子を見て、「ああ、これがタタミゼ効果か」と実感しました。

日本で働いている外国人にも、日本好きの人がたくさんいます。それはなぜか。日本には季節の移り変わりがあります。この情緒ある環境での日々の生活が、人をそうに変えてくれるのではないかと思います。僕らは、コンクリートの中で暮らしていても、年に一度、桜の季節になると、自然の変化を感じることができます。その変化に触れた瞬間に、情緒が生まれる。そういう瞬間が、日本文化の中には多く隠れていて、それに触れることで、外国の人たちはタタミゼ効果を受けているのではないでしょうか。常盤橋の街づくりでも、ぜひ季節の移り変わりを採り入れてほしいと思います。

季節感のある食事の癒やし効果

季節の移り変わりを身近に感じられるのが、日々の食事です。先日、スイスのルツェンという街である食堂に入りました。その食堂は市が運営している音楽大学の中にあり、一日に何百人もの人が利用していますが、メインディッシュが2種類しかありません。それを見た時に、これが食事の正しい姿だと思いました。最近は、食堂とは季節感のある食材を料理して提供することに意味があるのであって、自分の食べたいものを食べるという欲求を満たすための食堂には意味がない、と思っています。考えてみれば、家庭の料理も「今日は○○が旬で安かったから買ってきたよ」という感じで買ってきた食材で作るのが普通で、自分のわがままを満たすような食事ではありません。その代わり、食べる人の健康のことがちゃんと考えられています。

このような季節感を大切にする価値観は、日本の食文化だけでなく、ほとんどの日本文化のベースになっているのかもしれません。そういう文化に触れていると、多分、人はふにゃふにゃになっていくんです。なぜなら、人間を含めた動物は、昔から、疲れた時は自然に身を任せることによって癒されてきたからです。

ニースは、古代ギリシャ時代には「ニカイア」と呼ばれていました。ニカイアとは、勝利の女神であるニケの住む街という意味です。つまり、戦いに勝った人たちが休みに来る場所のことで、昔はニカイアと呼ばれた街がヨーロッパ中にありました。ニースもその一つです。ニースは海がきれいで、すぐ裏に山があり、世界中から裕福な人たちがのんびり遊びに来るところです。何をしているかというと、何もせず、自然に身を任せてボーッとしています。そこにこそ価値があるわけです。

自然や季節を感じられる食事にも、同じような価値があると思います。寿司屋をやっていても、その日のとれたての食材などについて説明していると、お客様は皆、ぼやーんとなります。そして、季節感を楽しみながら食べます。最後に味噌汁を飲むと、うま味成分が多いからみんなホッとして帰っていきます。

そういう意味では、フランス料理って実は大嫌いなんです。フランス料理は、いつもと違う非日常をハッピーに楽しむ料理がほとんど。ドーパミンを増やすような料理ばかりなので、食べてもあまりホッとしません。以前は、そうした非日常の料理に力を入れてきましたが、最近は、ニースの季節感溢れる食材を食べたいと思ってくれるお客様が来てくれて、「疲れた時に、つい来ちゃうんだよね」「食べたらホッとして、元気になった」と言われた方がハッピーだなと思うようになりました。自分がこのように変わったのは、長年ニースに住んで、いつものんびりと朝起きて、走って、太陽を浴びて、海を眺めて、心が開くという生活をしているからだと思います。そんな生活を送っていると、他人の評価なんてどうでもよくなってきます。そもそも、「レストラン」の語源は「restaurer」で、「回復させる」という意味があります。お客様がホッとできる料理を提供したい──寿司屋を始めたことで、そういう自分のマインドの変化をはっきりと理解できました。


次回更新は5月21日(月)予定です。

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