2017/08/21 石川 善樹 氏「知的生産の新しいカタチ」を考える 第2回 ネットワークが生まれる街づくり

予防医学研究者

石川 善樹 氏

東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。専門は予防医学、行動科学、機械創造学など。著書に『仕事はうかつに始めるな』『疲れない脳をつくる生活習慣』(いずれもプレジデント社)『最後のダイエット』(マガジンハウス)など。

ネットワークが生まれる都市とは

知的生産の本質は、人と人とのネットワークにあります。そのネットワークに、人が次々と加わることによって、アイデアが生まれます。では、そういう場所はどうすれば実現できるでしょうか。

人と人とのネットワークは、つくろうとしてもつくれないと言われています。例えば、東京に、イギリスの田園都市を目指して開発された私鉄とその沿線があります。鉄道を通して住宅を建て、バスを走らせましたが、結局、同じようなコミュニティはまだできていません。ハードは一からつくることができても、ネットワークというソフトを一からつくることは難しいのです。

シリコンバレーでは、カフェで偶然出会った、違う会社の人同士で交流が始まります。また、シリコンバレーにはインド人エンジニアが多くいますが、彼らの間では、週末のクリケットの試合を通してビジネスが進んでいくという話もあります。試合では、さまざまな企業の人たちが集まって交流し、そこで点と点が線になります。なぜ線になるかというと、情報交換をすることが前提になっているからです。そういうカルチャーを持った人たちの集合がベースにあれば、交流はとても進むと思います。

実は、シリコンバレーができる少し前に、ボストンでも似たような試みがありました。でも、うまくいきませんでした。なぜなら、ボストンは閉鎖的だったからです。互いに情報を隠し合ってしまったために、交流が進みませんでした。それに対して、シリコンバレーは非常にオープンです。情報を出せば出すほど、自分たちが得をするという考えがあります。ただ、なぜそういう文化ができたのかはよくわかっていません。

例外的なケースが、マイクロソフトの本社があるシアトルです。一時は“終わった街”と思われていたシアトルでしたが、マイクロソフトという、たった1つの会社が来たことで、全てが変わりました。シリコンバレーとシアトルに共通するのは、世界中と貿易できる、巨大イノベーション企業があることです。世界に通用するようなスーパースタートアップが1つでもできれば、人と人とのネットワークは活性化します。

ネットワークはどうすればつくれるか

街づくりにおいて最も重要なのは、知的生産性の高い人たちの強い繋がりに根ざしたネットワークです。例えば、かつて学問の中心はヨーロッパでしたが、ナチスがユダヤ人を迫害したために、ユダヤ人の研究者ネットワークがアメリカへ渡り、その結果、学問の中心はアメリカに移りました。

すでにあるネットワークを移植しない限り、どれだけ環境を整え、ポテンシャルのあるスタートアップや個人をたくさん呼び寄せても、新しいものは生まれにくいと思います。私が都市づくりでうまくいっていないと思うのは、ベルリンです。ベルリンは、クリエイターのために素晴らしい環境さえ用意すれば、素晴らしい人たちが勝手に集まり、交流し始めるに違いないと考えましたが、結局は何も産業は起きませんでした。また、都市は「学問」→「産業」→「文化」という順で発展していくのが一般的ですが、ベルリンの場合は、「産業」の前に「文化」に力を入れてしまった。アメリカの都市を見ても、失敗は多く見られます。環境を良くし、点を呼び寄せるだけでは、線=ネットワークにはつながっていかないのです。

東京のある有名な大規模複合施設では、“コミュニティマネジャー”のような存在がいて、テナント同士を交流させるために、さまざまな取り組みをしています。ただ、交流は行われているのですが、そこから何かが生まれているようには見えません。単に交流したことで終わっているような気がします。

早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が、イノベーションを起こすには「知の探索」(知の範囲を広げること)と「知の深化」(知を深めること)の両方が必要だという話をされていますが、単なる交流は、知の深化はあっても探索につながっていないのだと思います。もともと興味のあることについて深掘り(深化)するだけで終わってしまうのです。前回取り上げたベル研究所が知的生産の拠点となれたのは、明確な問いとビジョンがあったからです。それに向かって、さまざまなものが掛け算的に、急速に積み上がっていったのです。ビジョンがなければ、交流が起きても、情報は拡散するばかりで積み重なっていきません。明確な問いとビジョンの下に場を用意できれば、知的生産性は向上するかもしれません。

街づくりに必要なのは「ポエム」ではなく「ビジョン」

日本の都市を見ると、 その時に流行っているテーマや以前からそこにあった基幹産業を中心に街づくりをしていることが多い。でも、それでは成熟都市にはなれたとしても、成長都市にはなれないでしょう。成熟都市と成長都市の違いは、次の図に表したように、将来、どれだけ成長できるかの違いです。成長都市になるためには、独自の明確なビジョンが必要です。ビジョンのもとに、さまざまなことが掛け算されることによって、都市として成長できるのです。単にテーマを掲げるだけでは、耳障りのいいポエムでしかありません。

ビジョンとポエムの違いはどこか。それは、明確な敵を設定しているかどうかにあります。例えば、アップルのブランドスローガン「Think Different」は、明確なビジョンです。「Think Different」をしていない人を、敵として容易に想起できます。ビジョンとは、言わば「闇あってこその光」なのです。

人類最古のビジョンをつくったのは、古代ペルシアのゾロアスター教です。古代ペルシアは最古の都市であり、最古の官僚機構もここで生まれました。都市をどのように運営し、人々をどのようにマネージすればいいのか、その原型は古代ペルシアにあります。

「都市」の対概念は「村」です。村の特徴は、みんなが互いを知っていることです。ですから、「私たちは誰?」と不安に感じることはありません。それに対して、都市の特徴は、みんなが互いを知らないことです。そうすると、「私たちは誰?」という不安が生まれます。その問いに答えるためには、「私たち」ではない「彼ら」を明確にする必要があります。「彼ら」が明確になることによって、「私たち」が明確になる。「彼ら」がいてこその「私たち」なのです。だからこそ、「彼ら=敵」を明確に定めたビジョンが必要になるのです。

ゾロアスター教は、教祖・経典・教団がそろった最初の宗教でした。教祖は創始者であり、経典はビジョンが書かれたものであり、教団はマネジメント体制です。この3つは、現代の企業と大きく変わりません。経典に書かれているビジョンは、シンプルに言うと、世の中には光と闇があり、最後には光が勝つという話です。つまり、光は「私たち」で、闇が「彼ら」になるわけです。

敵である「彼ら」を設定して、それに対して「私たち」はこうする、ということを示すのがビジョンです。敵を明確にすることで、自分たちが何者かを自覚する。それが結束力や組織力となり、推進力にもつながっていくわけです。ですから、ビジョンは、独自のものでなければ意味がないのです。例えば、ウォルト・ディズニーのアニメスタジオに優秀な人材が結集したのは、「アニメはアートではない」「アニメは映画ではない」と考えていた当時の映画業界人たちという、明確な敵がいたからです。

ポエムが危険なのは、思考をストップさせてしまうことです。流行のテーマはその言葉だけ見れば素晴らしいことですが、その素晴らしさは脳にとって気持ちいいので、それ以上考えることをやめてしまうのです。

常盤橋エリアには、20世紀の知的生産のシンボルだったベル研究所をライバルに設定して、それを超える、知的生産の新しいシンボルをつくるといったレベルのビジョンを掲げた街づくりを期待します。

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