2018/10/09 ドミニク・チェン 氏21世紀の都市開発に求められるものとは 第1回 海外の都市の視点から、東京の街づくりを考える

早稲田大学文化構想学部准教授

ドミニク・チェン 氏

学際情報学博士。NTT InterCommunication Center(ICC)研究員を経て、NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモン・ジャパン)理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者。2017年より早稲田大学文化構想学部准教授。フランス国籍。

世界で一番良いホテルとは?

僕は東京に生まれて、中学・高校時代はパリに住み、その後ロサンゼルス、サンフランシスコで学生時代を過ごし、仕事を始めてからは東京を拠点に活動しています。その後も海外にはよく出かけていて、最近では香港とパリに行ってきました。

香港には昨年に引き続き、2回目だったのですが、新陳代謝がすごく高いところは東京と似ています。しかし、香港の場合は九龍の裏や香港島に大きな山々や周りに海があって、それが変わらない景観になっているところに、東京との違いを感じます。新しい建物がどんどん建つわけですが、その背景にある変わらない自然とのコントラストが、1つの街の顔になっているところが面白いですね。

香港では、建築家のゲイリー・チャンさんと出会いました。彼は現在50代半ばですが、子どものころから家族と住んできた築50年ぐらいの32平米の小さなマンションを30年前に購入して、そこを何度もリノベしながら住んでいます。狭い空間を効率的に使うために、さまざまな仕掛けがされていて、まるで忍者屋敷のようでした。例えば、テレビ台を移動するとキッチンとミニバーが現れたり、CDラックを移動するとバスタブが現れたりするといった具合です。

ゲイリーさんはホテルマニアで、世界中のホテルに宿泊しています。東京にも頻繁に来ていて、新しいホテルができると、高級ホテルからカプセルホテルまで全て泊まってみるのだそうです。そんな彼と、世界で一番良いホテルはどこか、という話になり、その時に彼が一番に挙げたのが、パリの「ホテル・モリトール」という、中庭が全てプールになっているホテルでした。理由を聞くと、彼は、施設の素晴らしさもあるけれども、個別の施設だけでは評価できないと言っていて、そのホテルがパリの街と接続した形で存在していることが、オリジナリティにつながっていると評価していました。その話を聞いて、それはどこの都市でも同じことが言えると思いました。有名な系列の高級ホテルは、どこの都市でもだいたい同じで既視感があります。それではダメで、その都市や周囲の自然風景との関係の中で、どうやって良い体験がつくれるかが大切であることを改めて感じました。

21世紀の「トキワ荘」を目指せ

ゲイリーさんとそんな議論を交わした後、約10年ぶりにパリに行ったんですが、10年前とほとんど変わっていないことに感動しました。あまりにも居心地が良すぎて、パリから帰国する飛行機の中で来年のチケットを予約してしまったほどです(笑)。なぜこんなに居心地が良いのか考えてみると、変わらない部分と変わっていく部分のバランスが、普段東京で生活している時よりも、すごく身体にフィットする感じがしました。

パリに比べると、東京は変化の自由度が高いです。それには歴史的な背景もあって、一度ほとんど更地になった上に、高度経済成長期にいろいろなものを新たに造ってきたところがあるので、それ自体が1つのオリジナリティになっていると思います。変化の速さは、人間の身体にたとえると、10代の若者のような感じですね。音楽にはまってバンドに熱中したかと思えば、翌年には文学に目覚めてずっと読書に耽るみたいな。そういう変化のダイナミックさはすごく面白い。

一方のパリは、壮年期、老年期に差し掛かっていて、しっかりとした土台の上に腰を据えて落ち着いていて、アクセントの部分をちょっと変えていこうかな、という印象があります。ただ、どちらにも優劣はつけられません。僕がパリにこれだけ感動しているのは、10年振りに行ったということもあるので、また住み始めたら、半年くらいで飽きるかもしれない。それでも、変わる部分と変わらない部分については、やはり考えさせられました。東京の場合、数十年の期間で、ようやく愛着が持てたかな、と思ったくらいのタイミングでガラリと変わってしまう。変わるスピードが速すぎるのかもしれませんね。

変わらないといえば、パリの広さもその一つです。半日かけて歩けば、東西を行き来できるくらいの面積しかない。そうすると、100年前、150年前にパリに住んでいた人たちの記憶と地続きの時間と空間を生きているな、という実感が、建物を出て数分歩くだけで得られます。そういう感覚は、東京ではなかなか得られないものです。

例えばモンマルトルは、130年前にできた街で、当時の文化背景として、印象派の画家が住み始めて、後にピカソやダリなど外国の画家も集まってきて、街全体が「トキワ荘※」のようでした。トキワ荘は1つの建物でしたが、それが1つの街として機能していたわけです。常盤橋プロジェクトも同じ「トキワ」だけに、100年後に「あれが21世紀のトキワ荘だったね」と言われるようなクリエイティブな場所にするにはどうするか、を考えると面白くなりそうです。

※トキワ荘:東京都豊島区に存在した木造アパート。1950年代、手塚治虫をはじめ著名なマンガ家たちが入居していたことで知られる。

外国人や周辺地域と「混ざり合える場所」をどう設計するか

都市の新陳代謝を考えると、外国人との交流は1つの大きな要素でしょう。パリの場合、たくさんの外国人が常に入ってきています。観光地としては世界1、2位を争っていますし、移民の問題もありますが、強く感じるのは外国人との距離の近さです。パリ自体が狭いエリアなので、フランス人と外国人が混ざらざるを得ないという面もあり、そういう文化が不可抗力的に発達したのだと思います。

逆に外国人との距離の遠さを感じたのがロサンゼルスです。あそこは車社会なので、碁盤目状に街が区切られていて、オフィス街から道を1つはさむとスラム街だったりします。アメリカはよく「メルティング・ポッド(人種のるつぼ)」と言われますが、確かに多様な人種が住んではいるものの、公共交通機関が未発達で車に乗らないとどこにも行けないということもあり、人種間の交流がほとんどなく、一緒に混ざって新しい文化をつくるという感じはありません。

では、東京はどうでしょうか。僕自身、外国人としてずっと東京に住んできましたが、外国人はあくまでも外国人としている、という感覚がすごくあります。外国人は「外人」という言葉を嫌いますが、それは「外」という言葉が強調されているため、何か「内」に入れないような感じを受けるためです。東京に暮らす外国人は、常にウチとソトを意識させられて生きている。だから、いつまでたっても本当に混ざるという感じがしません。

東京という都市全体を眺めてみても、やはり、ヨーロッパほど外国人をうまく取り込めていない感じがします。今後、移民や労働力として外国人を受け入れざるを得ない状況になった時に、どうやって外国人とのコミュニティをつくっていくかということは、国家的に大きな課題になるだろうと思います。その際に大事になるのが、「混ざり合える場所」をどう設計するかということです。

今、東京で混ざり合えると感じられる場所はどこかと問われても、あまり思いつきません。都内に再開発された場所はいくつもありますが、周辺の地域と馴染むというよりも、何か他とは違う場所、特定のクラスターの人たちが生活する場所として屹立している感じがします。

街づくりで大切なのは、その地域の歴史と地続きであることをどれだけ考えられるか。それは躯体の設計の問題だけでなく、どういうコミュニティにするのか、この界隈を人がどういう動線で移動して対話できるのか。そういう異質な存在同士が混交するという都市設計の視点が、新しい文化をつくる上で、ますます大事になってきていると感じます。

SNS

公式SNSアカウント

TOKYO TOKIWABASHI 2027に関する最新情報は、
Marunouchi.comの
公式Twitter・公式Facebookページで発信しています。