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JAPAN

04

- 民間単独で日本最大級のニュータウン開発 -

泉パークタウン開発

総開発面積1,070ha。街開きから40年、さらに成長を続けるまちづくり。

session.1

民間単独では日本最大級の
ニュータウン開発

東北支店で私たちが携わる「泉パークタウン」の総開発面積は約1,070ha。「丸の内」がある東京都千代田区とほぼ同じという広さです。そこに現在、約1万世帯、約2万6千の人々が暮らしています。

「住む」ばかりでなく、「働く」「憩う」「学ぶ・集う・楽しむ」という機能が集積されていて、商業や文化施設、ホテル、学校、スポーツ施設、企業や工場などが揃ってひとつの街をつくっている。それが独自のゾーニングによって理想的に調和されていますよね。

民間単独では最大規模のニュータウン開発として、「泉パークタウン」が街開きをしたのは1974年です。40年以上も前の時代にそんなマスタープランを描き、長きにわたってそのコンセプトを守り進化させてきたわけです。三菱地所の先輩たちの先見性と意志の強さには驚くばかりですね。

当時の日本は高度経済成長期といわれた時代ですよね。各地で大規模な住宅地開発が行われましたが、ほとんどが土地を造成して戸建やマンションを建てて販売するだけの開発で終わっていました。そんな時代に、「泉パークタウン」は「自然との共生」というコンセプトを打ち出した。今でこそ当たり前のような発想ですが、当時のことを考えれば素晴らしい先進性だと思いますね。

もうひとつ「泉パークタウン」がその当時から守り続けているものに「シビルライセンス」という考え方がありますね。単に土地や建物を分譲するだけにとどまらず、この自然環境や景観を共有する権利を提供し、お住まいの方々と一緒に街を育てていくのだという考え方。ハード面ばかりでなく、このようなソフトの部分も継承してお住まいの方々みんなで共有しているところも素晴らしいと感じています。

泉パークタウン開発

樋口さんは実際、「泉パークタウン」にお住まいですが、住民としてはどんな印象なのでしょうか?

家族4人で暮らしていますが、ひと言で言うならば「理想の街」。(笑)仕事面でも、生活面でも、この街に魅了されています。
ところで、吉田さんは三菱地所に入社する前、この「泉パークタウン」の存在を知っていましたか?

いや、実は知らなかったのです。入社早々の新入社員研修で訪れ、街並みを見て驚きました。その後、東北支店に異動するまでずっと住宅事業に携わっていたので、「泉パークタウン」は常に意識する存在でしたね。樋口さんはどうでしたか?

私も入社してからほぼずっと住宅系の部門を歩んできましたから、機会あるごとに「泉パークタウン」に携わった先輩たちの経験談を聞き、「いつか自分も携わってみたい」と思っていました。でも、どうでしょう? 「泉パークタウン」を住宅事業という既存の枠組みでくくってしまうのは……。

そうですよね。「泉パークタウン」は住宅だけでなく多種多様な機能・施設を有するという点で三菱地所の中でも特別で、「泉パークタウン事業」と単独で呼びたくなるような存在。それだけ三菱地所にとって、思い入れの強いまちづくりなのだと思いますね。

session.2

泉パークタウン開発

コンセプトを受けつぎつつ、
いかに街を進化させていくか

「泉パークタウン」は素晴らしい街ですが、先輩たちが築いたものを守り続けているだけでは、いつの日か社会の変化に追い越されてしまいますね。

確かにそのとおりですね。まちづくりのコンセプトといった守るべきものは守り、その一方で社会の変化に先駆けてこの街を進化させていくのが私たちのミッションなのだと思います。

たとえば、現在街の中心となっているショッピングモール「泉パークタウン タピオ」が開業したのは9年前の2008年。「仙台泉プレミアム・アウトレット」も同時期の開業です。私たちの前々任くらいの先輩が携わった開発ですね。

その意味で私たちが今、取り組まなければならない社会的な課題としては、高齢化が第一にあげられると思います。そのため、高齢者向け介護施設や総合病院の誘致を進めています。

スポーツジムといったウェルネス関連もこれから「泉パークタウン」に取り込んでいかなければならない機能でしょうね。

その一方で、宅地や商業地の開発といった従来からの事業も、私たちが継続して取り組んでいく仕事ですね。

開発ということでは、ひとつ大きなテーマがあります。吉田さんをはじめとするチームで検討を進めている第6住区です。

「泉パークタウン」の西端に位置する未開発地区ですね。現在、行政とも連携して検討を進めています。総面積は148ha。三菱地所の本拠地ともいえる大手町・丸の内・有楽町エリアがすっぽりと収まる広さです。「泉パークタウン」には挑戦すべきテーマがまだまだ数多くありますね。

泉パークタウン開発

session.3

泉パークタウン開発

街と社会、世界がつながっていることが
伝わってくるようなまちづくりを実現したい

ちょっと「泉パークタウン」から話題を離れて、東北支店が進めている女川町での取り組みの話をしましょう。

そうですね。きっかけは2013年4月、支店・本社を含め有志何人かと女川町を訪れたことでした。それまでも三菱地所では震災復興支援の活動を様々な形で各所で行っていたのですが、不動産事業を通じて何かできることはないかと、まだ被災の様子が生々しく残る沿岸部を訪れ、たまたま女川町の人たちと話をする機会を得たのです。女川町では震災復興のひとつとしてテナント型商店街を開発する計画が持ち上がっており、私たちもお手伝いすることになりました。

そこから私と吉田さん、もう1人の若手社員の3人で月に数度のペースで定期的に女川町に足を運ぶようになりましたね。 復興支援といってもデベロッパーとして前面に押し出るのではなく、足しげく通って相談に乗るというスタイル。たとえば、テナントとの契約や管理に関する規約づくりのアドバイスなど地味なことばかりです。膝を突き合わせて話し合いながら一緒に取り組んでいきました。

そんなことを数年続け、2015年12月にいよいよ女川町の商店街「シーパルピア女川」が開業することになりました。そこで開業準備を通じて生まれた当社と女川町の絆をもっと将来に向けて発展的なものにしようと、2016年1月に「シーパルピア女川」と泉パークタウンの商業施設「泉パークタウン タピオ」で姉妹施設協定を結ぶことになったのです。

その活動のひとつとして、夏に「泉パークタウン」にお住まいの方々に声をかけて親子参加型の体験学習ツアーを女川町で行いました。さらに秋には、「泉パークタウン タピオ」で女川町物産展を開催するとともに、女川町の名産であるサンマをふるまうイベントを開催して大盛況でしたね。

女川町から来ていただいた方々と一緒に、支店長をはじめ支店の社員総出でイベントを手伝いました。まさか三菱地所に入社して、3,000尾もサンマを焼く体験をするとは思ってもみなかった。(笑)「泉パークタウン」とはまた少し違う意味で、女川町は私たちにとって思い入れの強い街ですね。

session.4

人と人を結ぶこと
それこそ三菱地所の大切な仕事だと思う

吉田さんは、東北支店に配属されて5年目ですね。支店での業務についてどのように感じていますか?

「泉パークタウン」がまさにその典型だと思うのですが、支店ではひとりの社員が携わる業務の幅がとても広い。また、施設の運営管理から設計などまで、さまざまなグループ会社の人たちと一緒に仕事をできることも支店ならではの醍醐味だと感じています。

まさに「As one team」という感覚ですよね。そうでなければ、約1,070haもの広さがある「泉パークタウン」を運営することはできません。支店では、住宅事業ばかりでなくビル事業にも携われますし、若手社員が成長するためにはうってつけの環境があると思いますね。

ついつい「丸の内」ばかりに目がいきがちですが、三菱地所はとても裾野の広い会社。その魅力を実感できるのが支店での業務であり、この「泉パークタウン」なのだと思います。

ところで吉田さんは、「泉パークタウン」に自分なりの足跡を残すことができたと感じていますか?

うーん、難しい質問ですね。実際、私は「泉パークタウン」で施設・建物の開発には携わっていないのです。ですから、目に見えるものとしての足跡はわかりづらいかもしれません。でも、たとえそうだとしても、自分なりに大きな手応えを感じているつもりです。

デベロッパーの仕事というと、どうしても建物といったハードウェアに視線が集まりますが、実は根底の部分として人と人を結びつけ、長い時間をかけてコミュニティをつくっていくといった仕事にひとつの本質があるのですよね。

確かにそのとおりですね。実際、私たちが「泉パークタウン」で携わっているのは地道な仕事も多い。でも、その一つひとつに意味があり、三菱地所の社員が何代にもわたって綿々と受け継ぎ積み重ねてきたからこそ、現在の「泉パークタウン」の姿があるのだと思いますね。

泉パークタウン開発
泉パークタウン開発

樋口が好きな街

「泉パークタウン」

東北支店に転勤してきて、家族4人で住むことに決めた街が「泉パークタウン」。つまり、仕事の場であり、暮らしの場でもある。公園清掃など地域のコミュニティ活動にも参加し、住民として街の素晴らしさを体感している。商業施設で買い物をしたり、ホテルのレストランで食事をしたり、休日も家族揃ってこの街で過ごすことが多い。

私の好きな街

樋口のOFF TIME

東京在住時は、おやじバンドを組んでいたという。仙台への転勤に伴い、バンド活動に代わり十数年ぶりにゴルフを再開した。普段ラウンドする「泉パークタウンゴルフ倶楽部」は自宅からクルマで5分ほどの近さ。

吉田が好きな街

「女川町」

仙台の北東、太平洋沿岸にある町。東北支店に着任した翌年の2013年4月、仕事を通じて始めて訪れ、それが縁となって幾度も足を運び、震災による甚大な被害から立ち上がる様子を見てきた。業務を通じて地元の人々とさまざまな絆ができ、いつか東北支店を離れたとしても絆をずっと大切にしていきたい町だと話す。

私の好きな街

吉田のOFF TIME

もともとクルマが好きだったそうだが、仙台への転勤を機にマイカーを購入。最近はすっかりドライブにハマっているそうだ。仙台から途中フェリーを乗り継いで北海道に渡り、洞爺湖まで足を伸ばしたことも。

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